シロノコウイチ(福岡で麻雀教室)

福岡で麻雀教室。初心者の女性も気軽に参加できる安全で安心の麻雀教室です。女性麻雀教室あり。「私は楽しい」から「私たちは楽しい」へ。認知症予防。脳トレ。健康麻雀。電話092-552-2739
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おもいこみ

麻雀をはじめてまもなくのころは、679と並んでいるのに気がつかず、リーチをかけてしまってチョンボになることがあります。決めつけやおもいこみは誰にでもあることです。自分ではなかなか気づきにくくもあります。

小学一年生の娘がこくごのテストでタンチョウヅルをタンチョウズルと書いてバツになってました。なるほどという間違いです。そういう間違いもあるでしょう。

僕も「ハリーポッターと秘密の部屋」を読んでいてハリーの担任の先生であるマグゴナガルをマクゴナルガルと言い間違え、なんと200ページまでずーと気づきませんでした。自分でも笑ってしまいました。


世界は、統合されつつ

「世界は、統合されつつ、分割もされ、繰り返しつつ、いつも違う」
若冲の絵の鳥たちを動かしたチームラボのデジタルアート作品をキャナルシティーで観ました。
私たちは毎日同じようなことをしながらも、それがたとえ同じように見えたとしても、いつも違うことをしていて、その違いを楽しんでいる。











もしも大谷が9人いたら

とにかく大谷にやられます。

もしも大谷の子どもが9人いたら。
1番から9番まで大谷になってしまいます。さらに全員二刀流です。大谷1人でもすごい存在感なのに9人いたら・・。

全員が3割30本で防御率が1点台。
プロ野球史上初めてペナントレースで1敗もしないチームになるかもしれません。

てか、大谷はもうすでにプロ野球史上最高の選手なのでは?




小学1年生さんすう
20代のとき、仕事の仕方が拙いと、怒られたついでに小学1年生から勉強しなおせという捨て台詞を吐かれたことがありますが、改めて小学1年生の娘が、学校からもらってくる宿題のプリントに目を通すとなるほどなあ、これは確かに小学1年生から勉強しなおす価値はあるなあと思います。娘が問題を解いているのを横で見ていて何に時間がかかっているのか?教えてあげたほうがいいのか、それともじっくりと待ってあげたほうがいいのか?考えます。小学校の先生は偉いなあと思うのです。この前授業参観に行きました。当たり前かもしれませんがとっても上手に小学校1年生と向き合います。

たとえば、19+7のような問題を足し算を習い始めたばかりの1年生はわかりません。これを先生や参考書はどう教えているかというと、19に7のうちの1を足してあとから残りの6を足せばいいと。
そしてこういうとっくに当たり前になっている事柄を相手に伝えるときのこちら側の態度。これ重要ですね。勉強になります。

小学校のさんすう面白いです。学びなおしです。



なぜ勉強するのか?

娘が小学一年生になりました。元気に休むことなく学校に行っています。最初の夏休み。西日本新聞に加えて朝日小学生新聞をとることにしました。今まで寝る前は絵本の読み聞かせをしてきましたが、夏休みになって朝日小学生新聞を読んでいます。それでも少し難しいので解説をしながら読むので、僕自身の勉強にもなります。
この前は世界の子どもたちというテーマの記事で、ヨルダンでのシリア難民の4歳の女の子についてでした。内戦によってお母さんを亡くし、お父さんとも離れ離れになり、おばあちゃんに育てられているのだそうです。
そういったことを新聞を読んで知ることができます。

なぜ勉強をしなくてはならないのか?この前僕は元慶應大学塾長の安西祐一郎先生の2012年の講義をインターネットを介して10時間以上見ました。人間科学や情報科学、いまこの社会で私たちはどのように勉強してどのように活かしたら良いのか?についてです。
見終わったときはなるほどそういうことかと思いましたが、すぐにそれは僕が勝手にわかったつもりになっているだけだと気付きました。そんな簡単にわかるはずがありません。

なぜ勉強しなくてはならないのか?についてこの6年間寝る前に小学生新聞を読みながら娘と一緒に考えたいと思います。










宮沢賢治



たとえば、癌が再発して来週から入院することになりました。医者がもうどうすることもできないと言っているので戻ってくることがおそらくできません。いままでありがとうございました。という挨拶をされたときに僕はどうすることもできないし、なにか言葉を言ったとしてもわざとらしく自分自身が感じてしまいます。

僕ができることはせめてそのことをずっと覚えていてむしろそれ以前にどのように関わることがよかったのかを探して未来に活かすことだと思っています。

「やまなし」という物語は、いまでも小学生の教科書に載っているそうです。僕が小学生の時もありました。この話を読んで当時僕はさっぱりわかりませんでした。もしかするととうていわからないことをわかろうとし過ぎていたかもしれません。状況をイメージして、受け止めればいいのだなあと思います。そしてそのような心持ちで待っていればなしのように甘くなっておいしくなることもあるかもしれません。



三島由紀夫賞ってなんだ

5月23日。三島由紀夫賞の発表があったそうです。あとで知りました。そしてびっくりしました。受賞者、蓮實重彦。80歳だそうです。元東京大学総長です。もともとフランス文学の人らしいのですが、僕が知っている蓮實重彦は映画評論家としての一面です。小津安二郎がなぜ世界的に優れた映画監督であるかをあらためて日本に紹介した人です。
そして、三島由紀夫賞の記者会見はいままで見たことがないほどピリピリとしたものでした。受賞を迷惑だと言い切りました。蓮實重彦を知らない人は相当なインパクトだったと思います。いまの時代、過剰なほど社交的であることが求められてますが、そういったことへのアンチテーゼのようにも思いました。

今日、春日市図書館で蓮實重彦が関わった小津安二郎の生誕100年シンポジウムの記録を借りてきました。僕はテレビ番組を作る仕事はしたものの、映画監督には遠く及ばずなれませんでした。しかし、いまでも小津的であることは常に意識しています。「日常を作る」という言葉にはそういった意味も含めてます。





球拾い
僕は中学高校と野球をしました。
ほとんどの人がそうであるように、一年生の時は球拾いでした。稀に一年生からレギュラーの人もいます。球拾いをすることなく甲子園に出場してホームランを打つ人もいます。そういう人はプロ野球選手になったりします。僕も憧れましたが無理でした。球拾いが嫌で野球部には入らないという人もいました。

やがて大人になり、プロ野球の試合を観に行くと試合前の練習で球拾いをしている人がいます。用具を準備して片づけたりします。バッティングピッチャーもいます。そういう人たちの人生を僕は心から祝福できる。たいへんで重要な役割だと理解もできる。

今一度、球拾いを思い出し、周りの人に感謝して前に進みたい。





楽園のカンヴァスを読みました。
「楽園のカンヴァス」原田マハ

アンリ・ルソーという画家。その作品は高校の美術の教科書でみたことがあります。その程度。ただ、今回この小説と出会ってあらためてその作品を(ネットを通じてですが)眺めると、確かに魅力的です。味わいがあります。アンリ・ルソーの美術史的な位置づけとピカソへの影響。とても面白く読みました。



この猫の絵に限らず、一見するととても上手とは思えない、不器用な、展覧会で笑いものになっていたというそれらに、天才ピカソは表現の可能性を感じたという衝撃が、この物語には生々しく描かれています。
いつか、ニューヨーク近代美術館に行き、それら作品に触れたいです。
蚊の逆襲
蚊にやられました。

今年からメダカの水槽やらバケツやらを外に置いています。そこに蚊が子どもを産み、その子どもであるボウフラをメダカがパクパク食べるおかげだとおもうのですが、蚊にやられることがほとんどありませんでした。

メダカがパクパクとボウフラを食べる様を見て、痛快な思いでニヤニヤしていたからなのか逆襲にあいなりけり。

今朝、とっとこ階段を下りて駐車場の自分の車に乗り込もうとすると、そのドアになぜか蚊が群がっている。追い払う暇もなくドアを開け車に乗り込むと、蚊
も一緒に車に乗る。密室にて、刺され放題。

メダカに刺せないものだから僕が犠牲になったのでした。